2016年1月19日 稽古――弟子体験記

 

こちらでは初めましてになります。新年大決起集会では、ただならぬ熱気と共にお酒が美味しく進みすぎ、だんだんと師匠の声が遠くなっていった「妹弟子」でございます。お稽古に初めて伺ったのが2012年ですので、早いもので3年と少し。その間、『ご祝儀宝入船』『葛の葉』と稽古をつけていただいていますが、「語り」というものは難しく、いつも嗚呼と思いながら帰っております。師匠からは「間がとれていない」「通り一遍で抑揚がない」「(フシの中で語りの)おさまりがついていない」と他にも数々のご指摘をいただきますが、もうこうなると語りの中だけではなく人間性の問題…と思えてきます。聞いていただく方にどうしたら伝わるのか、まずは基本中の基本「大きな声を出す」こと(これが私はまだできないのです)だと思うのですが、先日のお稽古で「大きな声を出せば、その呼吸で自然と間がとれてくる」と教えていただいたのがとても心に残っています。ということで、朝倉喬司さんの名著『芸能の始源へ向かって』の中で書かれている「説経節はなかなかに過激なのである」とはいかに!?などと考えつつまた次回へ…

記載 弟子結城

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